はてなダイアラージャンプ漫画百選「封神演義」

封神演義 完全版 1 (ジャンプコミックス) 封神演義 完全版 2 (ジャンプコミックス)

藤崎竜の「封神演義」は、胆妃の尻に始まり、胆妃の尻に終わる。
以上

と書いて終わりにできたら楽なのだが、いくらなんでもこれでは自分でも訳が判らないので、もう少し続けてみる。

本作は中国三大奇書の一つ「封神演義」を下敷きにしている。底本には安能務氏による講談社文庫版を使用していることは、コミック各巻の中扉にも記載されている。

この作品の連載が始まったとき、正直「10週打ち切りだろうなぁ」と思っていた。
題材の面白さについては問題はないが、中国関連の歴史ものは「日本では三国志関連以外はさっぱり受けない」という状況にあったからだ。*1田中芳樹井上祐美子の中国歴史ものの発表や、岡崎由美などによる武侠小説の翻訳など、追い風的な状況はあったものの、ジャンプ600万読者*2という多数極まりない対象を相手にするのは難しいのではないかというのが素直な第一印象だった。

しかも、底本の序盤は、一度は朝歌に出た太公望が、結婚した婆さんに尻を叩かれて朝廷に出仕して、結局は朝歌を去るという地味極まりない話である。

しかし、この作品は10週打ち切りのハードルをあっさりクリアし、単行本23巻に及ぶ長期連載となり、アニメ化に至るほどメジャーになってしまった。そして、語るべきストーリーが尽きた時点で終わるべき時に終わるという、延長の悲劇からも無縁な幸運な終わり方をしている。

そういう形に「封神演義」という作品を育てたもの、のひとつが底本に対するコミック的な手法による改変というかたちのアプローチであったと思う。

例えば、敵と味方の対決という面をより強調するために、妲己と聞沖にはラスボス属性が与えられた。底本では、片や女媧娘々の使い走り、片や中盤であっさりと嬲り殺される悲劇の武将、に過ぎなかったのが、主人公の太公望ともどもコミック版独自の設定を与えられ、最強クラスの仙道として描かれている。

また、キャラクターの多くは、若い活動的なキャラクターとして設定されている。主人公の太公望にしてからが、通常なら67歳の爺さんであるところが、どう見ても青年であるし、十二仙も然り。爺さんなのは元始天尊くらいだろうか。外見に合わせて、性格も明るかったり皮肉屋だったり怠け者だったりと、コミックならではのアレンジがなされている。女装を密かな趣味にしている清源妙道真君など、この作品にしかいないだろう。

さらに、ポップでサイケなビジュアルが、コミカルなストーリー運びとあいまって、読ませるコミックになっている。そういうアプローチが完成したのが「妲己・喜媚の3分間クッキング」の回ではないかと思う。
底本の悲劇的エピソードを、隠喩と状況描写のみで描ききって見せたこの回以降、連載初期にあった残酷シーンの描写はなくなり、「藤崎」流の封神演義が加速していく。

魔家四将*3趙公明*4など、底本にも登場するキャラクターのエピソードは、ある種吹っ切れた、あるいは突き抜けた感じの話に変化しているし、商周革命のストーリーは、聞仲に黄飛虎、紂王に黄天化を配し、二つのドラマチックな対決をクライマックスとして演出してみせたうえで決着する。

そして、封神されそこなった人々を大量に抱えた世界は、楊ゼンと王天君の秘密が明かされた時に踏み込むことを運命付けられたオリジナルの最終章へ雪崩れ込む。妲己女媧をラスボスとするこのエピソードは、いかにもコミック版らしい新キャラ二人を巻き込んで、太公望の真の姿を明かした後に、物語を完結するべくして完結させる。

日本という地の利を生かして、個々の仙道に与えられた一般的な設定を無視することも含めて、コミック的な手法の力というものを存分に生かして作品としての面白さを高めた傑作。私にとって「封神演義」はそういう作品である。

時間と意欲があれば、そのうち加筆修正したいところであるが、とりあえずはここまで。

*1:このあたりの状況は今も変わらないだろう。中国なら三国志もの、日本なら戦国か幕末それもメジャー系のみ。誰か、王猛、桓温、津軽為信といったあたりを取り上げてくれないものか・・・

*2:連載開始前年の1995年に最高部数653万部を達成。96年発行部数は500万部。参考:http://homepage2.nifty.com/boycott/ronbun/nenpyou.htm

*3:このあたりからキャラクターのビジュアルがどんどん人間離れ(仙道ばなれ?)していく。

*4:本作品の中ボス。性格がやたらゴージャスになっていたり、部下を大量に抱えていたり、思いっきりアレンジされまくってる人。特に衝撃だったのは底本では美人三姉妹であった妹の雲霄三姉妹がユラニアの三公女もかくやという不美人に変わっていたことだ。ジャンプ不美人番付を作れば間違いなく大関にランクされると思われる。(横綱は勿論『枢斬暗屯子』様である)